オークス競馬予想

今日は3歳牝馬のクラシック第2戦となるオークスが府中競馬場で開催されます。ということで今日は私の独断と偏見によるオークス競馬予想といきたいと思います。
ご存知のようにオークス桜花賞と比べて800mも長くなっています。このあたりがレースにどう影響するかが見所といっていいでしょう。
というわけで私の競馬予想ですが、この顔ぶれならやはり桜花賞を制したアパバネの二冠制覇といきたいところですが、オークスの距離がやはり不安なところ。というわけで前々走のチューリップ賞でアパバネに勝ち、前走の桜花賞でもアパバネに迫ったショウリュウムーンを推したいと思います。個人的にはアパバネとショウリュウムーンがゴール前で激しく争い、ショウリュウムーンがアパバネを抑えて勝つと予想しています。というわけでとりあえずこの2頭で、オウケンサクラも押さえて手堅く行きたいと思うのですが、どうなるでしょうか。

天邪鬼な私・・・

先週の日曜日は阪神競馬場で行われた桜花賞に注目が集まりました。皆さんの>競馬予想、並びにその結果は如何でしたか。
前回ここで書いたように、元々性格的にちょっと天邪鬼な私は、アパバネではなくストップ・ザ・アパバネということでアピリコットフィズに期待していました。そこで桜花賞ではアパバネではなく、期待もこめてアピリコットフィズに一票を投じました。
このアプリコットフィズ、実力では決してアパバネに引けを取らないと思うのですが、やはり阪神の芝が会わなかったか、移動距離の長さがこたえたか、殆どいいところなく終わってしまいました。終わってみればアパバネの強さだけが目立つレースでした。
今回は冴えませんでしたが、まだまだチャンスはあります。アプリコットフィズには、次回アパバネとの再戦があれば、そのときには是非盛り返して欲しいものです。

久しぶりに競馬予想

今日は久しぶりに競馬予想です。明日はいよいよ桜花賞。今年のG1クラシックレースの始まりを告げるレースですが、近年の牝馬上位を反映してか、今年の桜花賞は例年にも増してスターが揃っているような気がします。こうした豪華な顔ぶれに、それに桜の季節にも相応しいすばらしいレースを期待したいです。
私の競馬予想ですが、アパバネと行きたいところですが、個人的にはストップ・ザ・アパバネの願いも込めてアプリコットフィズを推したいと思います。以下JRA公式サイトからの引用です。

アプリコットフィズ(牝3・小島太)は、前走のクイーンCで2番手から余裕を持って抜け出し、2着のプリンセスメモリーに2馬身差をつける楽勝で重賞初制覇を飾り、桜花賞戦線に名乗りを上げた。今回が初の関西圏の競馬で、初めて経験する長距離輸送や阪神コースなどクリアすべき課題がライバルのアパパネより多いのは間違いないが、あっさりと克服しそうなスケールの大きさを感じさせる素質馬だ。

個人的には圧勝か惨敗のどちらかに転ぶような気がしますが、勿論前者に期待しています。これからアパバネと競い合ってもらいたい、期待の1頭です。

弟子入りさせて!

>大井で史上初の2000万馬券…的中1票!
 6日の大井競馬(東京)第7レース(ダート1600メートル)で、1〜3着を着順通り当てる3連単が2488万720円の高配当をつけた。 中央・地方競馬を通じて2000万馬券は史上初。1レースの結果を当てる方式では競輪、競艇オートレースを含めた公営競技史上最高額。 同レースは16頭中14番人気のルドゥーテが勝ち、2着に4番人気、3着に15番人気の馬が入った。的中馬券の「15―2―13」は3360通り中3102番人気で、1票(100円)しか売れていなかった。これまでの最高は、昨年2月に船橋競馬で記録した1911万円。

時にこんなニュースを見ると実に羨ましくなります。これを的中させた世界でたった一人の人は、今頃笑いが止まらないのでしょうね。ていうかこの人、なんでこんな馬券を買ったんだ?いったいどういう競馬予想していたんだ?俺にもその極意を教えてくれ!どうかこの方、私を弟子入りさせてください!

競馬の歴史を勉強しましょう2

日本で初めて現代の西洋式の競馬が始められたのは1860年だと書きましたが、詳しく書けば同年9月1日に横浜山手麓で行われました。この場所は現在の横浜元町に当たります。その後その場所が宅地化されていったため、1862年には今度は当時まだ空き地だった旧横浜新田で競馬が開催されました。今度は最初に比べてより本格的な競馬となりました。これも古い地名で皆さんは一見ぴんと来ないかもしれませんが、ここは現在の横浜中華街です。ちなみに当時はまだ競馬という呼称ではなく「馬駆け」と呼ばれていました。やがてここも宅地化されたので、その後しばらくは競馬の開催地が転々と移っていきます。そうして日本の競馬史上初めてとも言える恒久的な競馬場が誕生しました。これが根岸競馬場です。
もし機会があったら、その日本初の競馬場の跡地へ行ってみたいものですね。当時の人々がまだ珍しかった競馬を見てどのように思ったのでしょうか。少しでも当時の面影に触れてみたいなと思います。

競馬の歴史を勉強しましょう3

ところでこの日本初の競馬場は誰が造ったものでしょうか。これは実に意外な感じもしますが、江戸幕府が西洋諸外国の要請に応えて建設をしたものだそうです。1866年から建設が開始され、翌年の1月に最初のレースが開催されます。江戸幕府が競馬場を建設したのは、開国に踏み切ったことで諸外国からやってくる外国人も増え、従ってそうした外国人たちの要望に応えなければならない事情があったと言われています。
ここで誕生したのは競馬場だけではありません。そのうち自ずと外国の競馬のスタイルが日本に入ってきて、日本人がそれを学び始めます。例えば馬券を発売する西洋の競馬運営スタイルが取り入れられ、日本人が本格的な競馬運営に参与していくことになります。

競馬の歴史を勉強しましょう1

現在毎週のようにインターネットで競馬のニュースを見ながら、同時に自分で競馬予想をし、そして馬券を買って、レース結果に一喜一憂して、競馬を楽しんでいます。ですが考えてみると、自分がいかに競馬のことをよく知らなかったか、ということに気づかされます。そこで私はいま競馬の歴史についてもちょっと勉強中です。最近競馬について学んだことを書いていきたいと思います。
現在日本で通常行われ、私たちが楽しんでいる競馬は西洋式のもので、そのルーツはイギリスにあります。この西洋式の競馬が日本で初めて行われたのは1860年のことです。私たちも歴史の授業で学んだと思いますが、1860年と言えば幕末、ペリー提督が浦賀に来航し、二百数十年にも及んだ日本の鎖国の歴史も終わりを告げ、江戸幕府が開国を迫られて間もなくでした。当時海外からいろいろな物資や文化が日本に入ってきていました。競馬もその一つだと言えます。